【感想】竜の祭礼-魔法杖職人の見地から- は戦いに重きを置かない古き良きファンタジーの香り
オススメ度:★★★☆☆
魔法杖職人として偉大だった師の遺言に従い、とある少女が持ってきた壊れた杖を修理すべく旅に出る物語。
杖の修理に必要な竜の心臓を見つけ出すのが目的になるのですが、その過程で世界の秘密を少しずつ紐解いていく感じが面白い。剣や魔法のあるファンタジー世界が舞台ではあるものの、戦闘描写がほぼ無いです。イメージとしては狼と香辛料あたりが近いかも。
1巻で綺麗に物語が終わっているのも高評価(でも2巻が出るらしい
以下、極力ネタバレを避けていますが、全くないわけではないのでご注意ください。
こんな作品
あらすじ
伝説の杖職人ムンジルは、最後にして半人前の弟子イクスに看取られながら亡くなった。
そんな彼の元に、一枚の約定書と壊れた杖を持って東方の少女ユーイがやってくる。
「この杖。直してもらいます!」
師のとんでもない遺言により杖を修理することになったイクスは、故障の原因である杖の心材について調べていたところとんでもない事実に直面してしまう。
なんと、心材に使われていた材料は1000年前に絶滅したと言われている竜の心臓だった。
果たして本当に竜は存在したのか。そして、イクスたちは無事に竜の心臓を手に入れることができるのか。
登場人物
イクス
ムンジルの最後の弟子。
元々は捨て子でムンジルは師にして育ての親でもあった。
敬語をせず礼儀もなっていないためぶっきらぼうに見えるが、門下では最もまとも。
実は杖に関する知識や技術は凄い…?
ユーイ
東方生まれの褐色少女。
現在は王立学園の学生。
亡くなった父から託された杖であったが、訳あって壊れてしまった。
作中の数少ないまともな人間。
ここが魅力
世界の秘密を探る物語
ファンタジー世界の物語というとどうしても剣と魔法によるバトルがメインになりがちですが、この作品の魅力は歴史や文化を解明して世界の秘密を探っていくところになります。
1000年前には絶滅したと言われる竜。
けれども師ムンジルの作った杖には竜の心臓と思われる材料が使われている。
なぜ竜は絶滅したと言われているのか?
一体ムンジルはどこで竜の心臓を手に入れたのか?
そして、なぜそんな希少な材料を使った杖に限って、無償で修理するなどという約定を残していったのか?
図書館や昔話を元にこうした疑問を少しずつ解明していくというちょっとミステリーっぽいところがあります。
そうしてこの世界ならではの文化が判明してくるというのもファンタジー世界ならではの面白さですよね。
話の根幹が一貫している
この作品は一冊まるごと『杖を直すための材料探し』に一貫しています。
とにかく話がブレないというのは言うのは簡単なのですが、それを実践できている作品というのは意外と少ないものです。
どちらかというと色々なところに視点が飛んでしまったり、様々な物語を同時進行させたりする作品の方が多いでしょう。
もちろん、それでうまく話を組み立てられていれば素晴らしいですが、逆にごちゃごちゃして何がしたいかよくわからない作品というのも非常に多いです。
その点、この『竜の祭礼』という作品はシンプルに杖を直すところに焦点を絞っていてわかりやすい。
その代わり視点としては少々狭まってしまうため、世界観についての情報が減ってしまうという弱点もありますが…。
少なくとも、書くべき話をしっかりと書ききっているという点を僕は評価したいです。
ここがちょっと気になる
キャラの心理描写が薄い
この作品、杖を直すための旅がテーマではあるのですが、それと同時にイクスとユーイそれぞれが抱える問題についての物語でもあります。
物語が進むにつれてその問題の片鱗らしきものが見えてくるわけですが、本当に片鱗が見えるだけでそれについてどんなことを考えているのかがほとんど描写されていません。
というのも、三人称視点で語られる物語のためそもそも心理描写を語る場面がほとんど無く、それでいて僅かに入る心の声ですらもったいぶって本心を隠してしまいます。
答えをそのまま書くのは無粋と思っているのかもしれませんが、それならば会話なり仕草なりでヒントを出してくれないとわかりません。
結果として登場人物が少ないにも関わらず個々の心理描写が薄くなってしまい、イクスとユーイの物語ではなく文字通り竜の心臓を探すだけで終わってしまいました。
せっかく独自の世界観が機能していない
この作品の世界観はいわゆる中世ヨーロッパ風ではありますが、その中に作者なりに独自の世界観を築いているのが読んでいるとわかります。
わかるのですが、そのせっかくありきたりから外した設定が物語的に全然重要でないために無駄なことに労力を使ってしまったという徒労感だけが残ります。
エネドってなに?
狼人間がヴコドラク? ウェアウルフとか普通に人狼じゃダメなの?
木の名前までオリジナルにするせいで全然イメージ湧かないよ?
ついでに文中の漢字は、付いていくを随いていく、回復を恢復、体を躰と書くといった風に難しい字を使う傾向があるのですが、これまた使い分けをしているとか深い意味があるわけでもないという。
なんというか、作者のオ〇ニーを見せつけられたよう残念な気持ちになりました。
せっかく雰囲気が良いのにもったいない。
終わりに
バトル要素の無いファンタジーというのを久々に読めてなかなか楽しめました。
作品としても1巻でしっかりと終わっているところも良いですね。
ただ、あとがきを見ると2巻を執筆中とのことですが、正直この1巻で話的にはそこそこキリが良いですし、今回の物語によって世界が少し狭まってしまっていることを考えると果たして続巻を書くことが良いのか…という疑問があります。